五月に入るころ、水辺では杜若(かきつばた)が花を開きます。すっと伸びた葉のあいだから、紫の花が立ち上がる姿は、初夏の水辺の景色としてよく知られています。
杜若は、アヤメ科アヤメ属の植物で、「燕子花」とも書き、古くは「容佳花(かおよばな)」とも呼ばれてきました。湿地や池のほとりに群生し、花びらの基部に白から淡黄色の細長い模様をもつのが特徴です。同じ仲間のアヤメや花菖蒲と似ながらも、水辺に生える点に違いがあります。
この花は、古くから歌に詠まれてきました。とくに知られるのが、伊勢物語「東下り」の段に見える一首です。旅の途中、三河国の八橋に立ち寄った在原業平が、水辺に咲く杜若を前に詠んだと伝えられています。
唐衣着つつなれにしつましあれば はるばるきぬる旅をしぞ思ふ
この歌は、各句の頭に「か・き・つ・ば・た」を置いた折句となっており、花の名を織り込みながら詠まれています。着慣れた衣のように長く親しんだ妻を都に残し、遠くまで来た旅の道のりを思う心情が、水辺の景と重ねられています。
歌に見える「八橋」とは、浅瀬に板を折れ折れに継いで渡した橋のことを指します。杜若の名所として知られた三河八橋にちなむ景として、この歌とともに広く知られるようになりました。
水に近いところにまっすぐ立つ杜若の姿は、華やかさの中にも落ち着いた印象があります。春の花が過ぎ、夏へ向かうころ、水辺に紫の色がすっと現れます。
撮影:HIRO777 / PIXTA
参考文献
『茶趣をひろげる 歳時記百科』淡交社
『淡交新書 茶の湯の銘 季節のことば』淡交社
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