習った炭の置き方にばかりとらわれて、湯がたぎらないのであれば、その炭は消え炭も同然である、という教えです。
ちょっと解説
この一首は、炭手前の目的が、釜の湯をたぎらせることにあると教えています。
第二十四首「炭置くはたとへ習ひにそむくとも 湯のよくたぎる炭は炭なり」では、習いと異なる置き方でも、湯がよくたぎれば炭としての役目を果たすと詠まれていました。この歌は、反対に、習い通りに置いても湯がたぎらなければ、その役目を果たさないと説いています。
炉や風炉にあらかじめ入れておく「下火」の状態などによって、火のおこり方は変わります。そのため、教えられた通りの数や位置に炭を置いても、火がうまく移らないことがあります。
基本は習いの通りに置くことですが、実際の火の様子を見て、炭の数や置き方を判断することも必要です。「消え炭も同然」という厳しい言葉には、形を整えるだけでは十分でないという戒めが込められています。
この一首は、第二十四首とともに、所作の目的を見失わず、その場に応じて判断することの大切さを教えています。
利休百首に収められた和歌は、稽古の場や茶会の一瞬、そして日々の暮らしの中で、ふと立ち返るための言葉として詠まれてきました。一日一首、静かに言葉を味わいながら、自身の茶の湯の心と重ねてみてください。