
プロローグ
「ただ普通に横断するんじゃなくて、現地の人にも、私にも、何か得られるものがある旅にしたいなと思ったんです。」
アメリカを横断してみたい。そう考えていた妹のめいさんには、その土地で出会う人たちと何かを共有したいという思いがあった。アメリカの人たちにも、そして自分自身にも、何かが残る旅にしたい。そんな思いから、姉のななさんに相談したという。
その話を聞いたななさんが思い出したのが、裏千家前家元・鵬雲斎宗匠の「一盌(いちわん)からピースフルネスを」という言葉だった。
「お茶をいろんな方に振る舞うことが、私ができることかなって。」
めいさんが思い描いていた旅と、ななさんの茶が、ここで一つにつながった。二人が「やってみよう」と話し始めたのは、出発のおよそ三年前のことだった。
一碗を携えてアメリカを横断し、行く先々で出会った人に茶を点てる。
そこで生まれた出会いのなかで、二人は何を見つけたのだろう。

第1章 茶の湯との出会い、それぞれの距離
姉のななさんが初めて茶の湯に触れたのは、中学生のとき。入学した学校で茶道部が新しく始まり、その一期生になったことがきっかけだった。
なな 「本当にたまたまなんです。入学したときに茶道部が始まって。ちゃんとお茶室のある学校だったので、そこから始めたのが、私のお茶のきっかけです。」
宮﨑ななさん
高校でも茶道を続け、先生から教わるだけでなく、後輩へ伝える側にもなった。
なな 「教えてもらったことを、今度は後輩にも伝えるようになって。結構引っ込み思案だったんですけど、こうやって人と関われるのは、すごく嬉しいなと思って。」
もう一つ、ななさんを強く惹きつけたのが「点前」だった。稽古を重ねるうち、一つ一つの所作に意味があることに気づいていった。
なな 「点前をずっと続けていくうちに、点前の意味みたいなのに気づいて。ちゃんとこれは意味があってやるんだっていうのを、自分で見つけ出すのがすごく楽しかったんです。」
その興味は、茶道の専門学校である裏千家学園で学ぶことでさらに深まっていった。
一方、四歳下の妹・めいさんも茶道部に所属していたが、茶との距離は少し違った。
めい 「ほぼ、ななちゃんの影響です(笑)。」
宮﨑めいさん
宮﨑家は三姉妹で、三人とも茶道部。ただ、末の妹のめいさん自身は、当時の自分について「形だけ」と笑う。
点前の意味を掘り下げ、茶そのものへ深く入っていったななさん。めいさんは、そんな姉を身近で見ながら、自分なりの距離で茶と関わってきた。
裏千家学園を卒業した後も、ななさんは東京の稽古場で中高生を教えたり、水屋仕事をしたりしながら、茶との関わりを続けた。そして姉妹での活動「one wan」が始まり、イベントなどで茶を振る舞うようになっていく。
第2章 一碗とともに、アメリカへ
「アメリカを横断したい」
そのきっかけの一つは、ニューヨークで働いていた叔父の存在だった。幼い頃からアメリカの話を聞き、さまざまな文化を背景にもつ人々が暮らす国に、めいさんは興味をもつようになった。
めい 「日本とは全然違う文化が集まっていることに、すごく面白さを感じていたんです。だから、もう全部見てみたいなって。」
一つの都市ではなく「横断」を選んだのも、そのためだった。各地を移動しながら、そこに暮らす人や土地の違いそのものを見てみたかった。
相談を受けたななさんの頭に浮かんだのが、茶だった。
なな 「そのとき、大宗匠(鵬雲斎宗匠)のお言葉『一盌からピースフルネスを』を思い出して。お茶をいろんな方に振る舞うことが、私にできることかなと思ったんです。」
一碗を携えてアメリカを横断する。言葉にすればシンプルだが、本当に現地の人がお茶を飲んでくれるのかはわからない。
なな 「すごく不安でした。『飲んでもらえるのかな』って。でも、だんだん抹茶が世界中でブームになってきて、『もしかしたら受け入れてもらえるのかも』と思えるようになってきました。」
のちに現地で知ることになる。そこで親しまれていた「MATCHA」と、二人が差し出そうとしていた一碗の抹茶は、必ずしも同じものではなかったことに。

第3章 横断の旅が始まるまで
二人はまず、大まかなルートと日程を決め、それに沿って茶を点てられそうな場所を探していった。
なな 「ルートは先に決めて、日にちもざっくり決めました。」
訪れる先に茶室があるわけでも、知り合いがいるわけでもない。横断時に立ち寄る各地のカフェや教会、大学などを調べ、自分たちの活動や旅の目的をまとめた企画書を送った……