
一章 三人の出会い
十年続く鵜飼茶会。その始まりは、「鵜飼茶会をやろう」と決めたことではなかった。
三人の出会いも、ごく自然なものだった。
最初に出会ったのは、松林俊幸さんと久保田真司さん。同じ稽古場で茶の湯を学ぶうち、少しずつ親しくなっていったという。

松林
「そんな大きなきっかけとか、ドラマティックなものはないんですけど(笑)。基本的には久保田くんと私が先に出会っていて。お稽古場が一緒だったんです。稽古場で徐々に仲良くなって、友達になったという感じです。」
その後、松林さんは宇治・縣神社の献茶式で宮村宗萌さんと出会う。少し言葉を交わし、その後SNSなどを通じて連絡を取り合うようになった。
そして数か月後、朝日焼で開かれた花見茶会で、三人は初めて顔を合わせる。
宮村
「当時働いていた会社からいただいたお茶券で献茶式に行った時に声をかけていただいて。それがきっかけで、数か月後に『ここでお茶会をするから来ませんか』と誘っていただいたんです。」
松林
「花見の茶会ですね。」
この頃は、お稽古場以外でも、友人が開く茶会へ出掛けたり、自分たちで小さな集まりを開いたりする機会が少しずつ増えていた時期だったという。
茶会だけではなかった。
食事に出掛け、野点を楽しみ、お茶を飲みながら語り合う。そんな時間を重ねるなかで、三人の距離は自然と縮まっていった。
そんな交流を重ねるうちに、自然と一つの思いが生まれる。
「三人で茶会をやってみたい。」
最初から「鵜飼茶会」を思い描いていたわけではない。
まず、「三人で茶会を開こう」という思いがあった。そして、「宇治川で舟が使えるらしい」という話から、宇治ならではの鵜飼を取り入れた茶会という発想へと広がっていった。

松林
「多分ね、『茶会やろうぜ』が先だったと思うんですよ。その中で『舟でできるかも』みたいな話になった順番だと思います。特に『鵜飼茶会を必ずしよう』ではなかったと思います。」
宮村
「お茶会をみんなでしようってなって、宇治でやろうと。その時、『ここでできるらしい』『舟が使えるらしいぞ』っていう話になって。じゃあ、せっかくなら宇治は鵜飼が有名だし、という流れでした。」
こうして2015年、第一回鵜飼茶会が開かれた。
お稽古を始めてまだ数年。当時の三人は決して経験豊富な亭主ではなかった。それでも、「こんな茶会を開いてみたい」という思いを持ち寄り、一席を形にした。
十年続く鵜飼茶会の始まりである。
第二章 一席を考える
「茶会を開こう。」
そう決まっても、すぐに道具を選び始めるわけではない。
まず考えるのは、「どんな一席にしたいのか」。
誰に来てもらいたいのか。どんな景色を見てもらいたいのか。どんな時間を過ごしてもらいたいのか。
一席の始まりは、そんな漠然としたイメージから少しずつ形になっていく。
鵜飼茶会でも、準備は半年前ほど前から始まる。……