
秋風を受け、淡い黄金色の穂が一斉になびく芒(すすき)。そんな芒が広がる景色は、秋の郷愁を誘います。その風景から思い浮かぶのが、「武蔵野(むさしの)」という言葉です。
武蔵野とは、関東平野の南西部に広がっていた野原です。古くから広大な草原として知られ、平安時代の『更級日記(さらしなにっき)』にも、その果てしなく続く野の様子が描かれています。
武蔵野は、数々の和歌にも詠まれてきました。鎌倉時代初期に成立した『新古今和歌集』には、藤原良経(ふじわらのよしつね)が、
「行く末は 空もひとつの 武蔵野に 草の原より 出づる月影」
と詠んだ歌が収められています。見渡すかぎりの草原と、その向こうから昇る月。広大な武蔵野の景色が目に浮かぶようです。
さらに鎌倉時代の『とはずがたり』には、印象的な光景が登場します。秋の武蔵野を訪れた後深草院二条(ごふかくさいんのにじょう)が目にしたのは、萩、女郎花(おみなえし)、荻、芒が生い茂る野原。その草丈は馬に乗った人の姿さえ見えなくなるほどで、三日ほど分け進んでも、なお野原は尽きなかったと記されています。
こうして古くから文学に描かれてきた武蔵野は、近世になると屛風などの主題としても好まれるようになります。芒をはじめ、萩や菊、桔梗などの秋草が広がる野に、月や富士山を取り合わせた「武蔵野図」が描かれ、その風景は絵画や工芸の意匠として定着していきました。
現在では、かつてのような果てしない野原を見ることは難しくなりました。それでも秋風になびく芒を見れば、古(いにしえ)の人々が眺めた広大な秋の野を思い浮かべることができます。「武蔵野」は、そんな私たちに秋の景色を想像させる言葉です。
撮影:萩谷篤思 A.Hagitani / PIXTA(ピクスタ)
参考文献
茶趣をひろげる 歳時記百科』淡交社
サントリー美術館「武蔵野図屛風」
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