
秋の夜、草むらから「ルルルルル……」と、細く澄んだ音が聞こえてきます。その声の主は「邯鄲(かんたん)」。体長二センチほどの小さな虫で、その美しい鳴き声から「鳴く虫の女王」とも呼ばれています。
「邯鄲」という不思議な名前。これは幽玄な美しい鳴き声が中国の故事「邯鄲の夢」を思わせることから名付けられたといわれています。
「邯鄲の夢」は、中国・唐代の物語『枕中記』に由来し、日本では能の演目《邯鄲》としても親しまれてきました。
能《邯鄲》では、人生に悩む盧生(ろせい)という男が、旅の途中、邯鄲の里の宿に立ち寄ります。そこで不思議な枕を借り、粟飯(あわめし)が炊き上がるまでひと眠りすると、夢の中で帝となり、五十年もの栄華を極めます。
ところが、宿の女主人の声で目を覚ますと、まだ粟飯さえ炊き上がっていません。五十年の栄華は、ほんのわずかな眠りの間に見た夢だったのです。盧生はそこで、この世のすべては夢のようにはかないものだと悟ります。
秋の夜、草むらから細く長く響いてくる邯鄲の声。「ルルルルル……」というかすかな声に耳を澄ませていると、長い秋の夜もまた、夢のように過ぎていくのかもしれません。
撮影:山親父 / PIXTA(ピクスタ)
参考文献
『茶趣をひろげる 歳時記百科』淡交社
兵庫県立 人と自然の博物館「カンタン」
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