五月中旬。瑞々しい香りがどこか懐かしく、心を和ませる夏蜜柑(なつみかん)が店先に並びはじめます。厚い皮に包まれた鮮やかな橙色(だいだいいろ)の実は、春から初夏にかけての光を蓄えているかのようで、この時期ならではの明るい色彩が目を引きます。
夏蜜柑の正式名は「夏橙(なつだいだい)」。日本原産の柑橘類で、文化年間(1804~1818)の初めごろに、現在の山口県・萩の海岸へ漂着した果実の種から広まったと伝えられています。当初は酸味の強さから柚子の代用として用いられていましたが、幕末頃、たまたま夏まで木に残っていた実を食したところ、酸味がやわらぎ美味であったことから、「夏にも食べる蜜柑」として親しまれるようになりました。
萩で本格的な栽培が広まったのは明治時代のことです。維新後、厳しい暮らしを強いられていた士族たちを支えるため、旧萩藩士の小幡高政(おばたたかまさ)が侍屋敷跡に種を蒔き、苗木を配ったことで、夏蜜柑は萩の町に広がっていきます。白壁や土塀の向こうに鮮やかな実がのぞく風景は、今も城下町・萩の初夏を象徴する景色となっています。
また、初夏には白い花が咲き、町にはやわらかな香りが漂います。大正十五年、萩を訪れた皇太子(後の昭和天皇)が「この町には香水がまいてあるのか」と語ったという逸話も残されており、その香りは現在、「かおり風景100選」にも選ばれています。
果肉の爽やかな酸味だけでなく、皮を砂糖漬けや菓子に用いるなど、香りまで含めて親しまれてきた夏蜜柑。鮮やかな橙色とほのかな花の香りには、光あふれる初夏の気配が満ちています。
撮影:Karst Blue/ PIXTA
参考文献
『日本を味わう 366日の旬のもの図鑑』淡交社
萩市観光協会「萩と夏みかんの歴史」
萩市ホームページ「萩の夏みかん」
山口県「かおり風景100選(萩の夏みかんの花の香り)」
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