地球の反対側、南米ペルーへ行った時のことです。売店で「MATCHA STYLE」と書かれた商品を見つけました。こんなところにも抹茶があるのかと思ってよく見ると、中身はコカという南米の植物の粉末。さすがにこれは抹茶ではありませんでした。しかし、「MATCHA STYLE」という言葉が使われるということは、それだけMATCHAという言葉が遠く離れた国でも知られているのだなと思いました。
これほどMATCHAが世界に広がっていると言われても、茶の湯に親しむ私たちからすると、なんだか不思議な感じもしますよね。世界の「MATCHA」と、茶室でいただく日本の「抹茶」。果たして同じものなのでしょうか。

ご存知のとおり、抹茶が長いあいだ茶の湯とともに育てられてきたことは間違いありません。より良い香りや味わいを求めて栽培や製茶の技術が磨かれ、その品質を見極める感覚もまた、茶の湯の文化と深く関わってきました。
一方、この30年ほどで広がった世界のMATCHAは、茶筅で点てて飲むためだけにつくられているわけではなく、お菓子に混ぜたり、ラテにしたり、料理に使ったり。用途が違えば、当然、求められる抹茶も変わってきます。
茶の湯で使う抹茶なら、香りや旨味、滋味、そしてお湯と合わせたときのおいしさが重要です。しかし、お菓子なら、砂糖や小麦などと合わせても感じられる強い風味や、加熱した後の色も大切です。ラテなら、今度はミルクとの相性が加わります。そうなると、石臼ならではの繊細な舌触りや、畑で渋味を抑えて旨味を引き出すことだけが「良い抹茶」の条件ではなくなってきます。
ここまで書くと、世界のMATCHAは、茶の湯用の抹茶からいくつかの工程を省いて、安く大量につくったもののように聞こえるかもしれません。しかし、近年はそうとも言えなくなっています。例えば抹茶ラテでも、いろいろな抹茶を飲み比べ、ラテにしたときに一番おいしくなるものを選ぶ。品種や産地、香りの違いまで見ながら、ミルクと合わせたときに調和するものを探す。茶の湯とは違う観点から、こちらはこちらで「良い抹茶」を追求しているのです。
その違いは、味や香りを表す言葉にも現れています。
例えば抹茶人気の高いタイでは、一部の抹茶について「Nutty(ナッティ)」という表現をよく見かけます。ナッツのような香ばしく甘い香りで、抹茶ラテにするとミルクともよく合うのだそうです。
日本茶業界の言葉で考えれば、このNuttyという感覚は、主に仕上げ加工の加熱によって生まれる「火香(ひか)」と重なる部分もありそうです。ところが面白いことに、宇治地域では傾向として、強い火香をつけるよりも、碾茶そのものの香りや覆下栽培によって生まれる、青のりのような独特の香り「覆い香(おおいか)」を生かす仕上げが大切にされてきました。
宇治地域ではむしろ抑えてきた香りが、海を渡り、ラテという飲み方と出会い、「Nutty」と呼ばれ、一つの魅力として評価されているのです。
ここ30年の新しい需要は、日本の茶産地も変えています。令和6年の碾茶生産量を見ると、鹿児島県は2,150トン。京都府の1,068トンのおよそ2倍です。かつて京都や愛知が中心だった碾茶生産を、いまでは日本各地の産地が支えるようになっているのです。

世界の「MATCHA」と、茶室でいただく「抹茶」。こうして見てくると、単純に同じものとも、まったく違うものとも言い切れないように思います。
茶の湯には、長い時間をかけて育ててきた抹茶のおいしさがあります。一方、世界では新しい飲み方が生まれ、枝葉が広がり、そこからまた新しい「良い抹茶」がつくられ始めています。つまり、MATCHAが世界に広がったことで、何を「良い抹茶」とするかを測る物差しそのものが増えてきた、と考える方が近いのかもしれません。
抹茶ブームを一つの背景として、消費ニーズの多様化、異業種からの参入、新しい商品開発や技術革新などが進みつつありますから、これからの抹茶の世界には、きっと、もっといろいろな「おいしい」が生まれてくるのではないかと思っています。皆さんは、これからどんな抹茶を飲んでみたいでしょうか。
