利休七則に「刻限は早めに」とありますように、茶の湯では時刻を重視します。
ところでよく日本人は時間に正確だと言われますが、はたして近代以前にもそうだったのでしようか。
橋本毅彦編『遅刻の誕生: 近代日本における時間意識の形成』(2001 三元社)には、幕末に日本に軍事顧問として来日したお雇い外国人たちが、日本人の時間感覚のルーズさに驚くという記述があります。
当時は1刻が現在の2時間単位だったわけですから、現代のような一分一秒の感覚は持ちあわせていたはずもありません。外国人たちは、日本の近代化のためには定刻を守らせることが必要であると考え、時間に厳密な国民性を育てる教育を提唱し「遅刻」を悪だとして教育していったというわけなのです。
しかし、もともと時間にルーズであった近代以前の日本にあって、茶の湯の愛好者たちはとても時間に敏感でした。
それは「炭は湯の沸くように」と、これも利休七則にあるとおり、炭火をうまくコントロールし湯相(ゆあい)をととのえることに傾注(けいちゅう)したためでしょう。亭主が席入りの刻限に合わせて下火の加減をととのえて待っているのですから、その火加減を狂わせないのが客の心がけとして厳しく言われたてきたわけです。
さらに、懐石のご飯も、来客の刻限をはからって炊くからこそ、炊きたてのご飯が提供できるわけですので、タイマー付きの電気釜のない時代には、相当の神経を使ったことでしょう。
そうした茶人の精神は、明治以降の近代社会の「定刻主義」をいちはやく取りいれていたのかもしれません。
