「次回のお稽古まで復習してきてください」と、先生は厳しい眼差しで私に告げました。この日もはちゃめちゃな手順で濃茶のお点前をしてしまい、10年目にして初めて宿題を出された私は即答で「はい、先生。私はやれば出来る子です」。そう断言してしまいました。
“とほほのほ”です。やれば出来る子だと言い訳のように言ってしまいましたが、裏を返せば「やらないと、出来ない子」。先生は、何もかもお見通しです。月に2度のお稽古は、日頃の忙しさやストレスから解放される息抜きの場でもあり、私はお稽古前の復習を完全にサボっていました。しかし、一年後に「茶事亭主」という壮大な目標を掲げているので、そろそろ気合いを入れていかないと。
「旧姓には“牛”の文字が入っているから、このままだと私は本当の牛歩先生になっちゃいますよ」
宗雅先生を「牛歩先生」にさせてはいけない。私はその場で誓いました。

そんな北見宗雅先生と宗幸先生が正教授の資格を拝受されたので、お祝いの茶会に出席させていただきました。
まずは宗雅先生の薄茶席へ。
待合には、先生が大好きな土偶が飾られていました。気持ちは一気に縄文時代へとタイムスリップ。そのまま茶室に移動すると、宗雅先生が樂家十五代・樂直入の茶碗を手にして現れました。先生は本阿弥光悦ラブだと伺ったことがありますが、茶碗のアバンギャルドな姿はどこか光悦の作品を彷彿とさせます。そして、茶杓は玄々斎作。ご銘は「雅友」。先生の名前の一文字が込められ、そこに運命を感じられたそう。
宗雅先生が正教授になられた記念すべき年は、ご結婚25周年の銀婚式とも重なり、茶会の随所には先生の「家族愛」も感じられました。例えば、色鮮やかな源太萬永堂製の主菓子「なでしこ」が盛られたガラス製の祥瑞捻鉢には、なんと先生のお子様の手形が入っていました。水指は子供への想いが込められた鵬雲斎好「瓜栗水指」。そして、二つ目のお菓子には、大量のざらめに覆われたお干菓子が登場。よく見ると、それは土偶の形をしていました。
「ざらめの中から土偶を発掘してくださいね」先生の掛け声とともに、私たちは土偶の発掘に勤しみます。
薄茶を二服いただき、楽しい時間はあっという間に過ぎていきました。
土偶で始まり、土偶で終わる。宗雅先生が愛する全てが茶室に散りばめられ、笑顔が絶えない一席でした。
次に向かったのは、宗幸先生の濃茶席。
私だけでなく社中の先輩方を含め、先生の美しいお点前を食い入るように見ていました。私にはまだまだ遠い世界ですが、先生が扱う道具たちの放つオーラは見逃しません。
博物館で展示されるような名碗が次々と登場し、お茶の世界ではこうした名碗も生涯現役なんだと訴えているようでした。人の手に触れ、人の目に愛でられるからこそ、その艶を失わないのでしょう。それにしても、素晴らしい道具の数々を惜しげもなく拝見させてくださった、宗幸先生の濃茶席。拝見の時はチラチラと道具が無事かどうか確認しに来る先生の姿が印象的でした(笑)。
撮影:北見宗雅
