先生に季節のご挨拶をする場合、品物では失礼にあたるのでしょうか

  • 執筆:石塚 修

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「現金でないと失礼に当たる」と言われたため、品物では失礼なのか、という質問です。

 

いわゆる「お中元」「お歳暮」「お年賀」という、もともとは一般社会でも常識とされた風習が、近年はなくなりつつあります。こうした風習に対して、とかく茶湯に限らず「日本の伝統文化を習うと、なにかとお金がかかる」とSNSなどに反発して書き込む方も近年よく見うけられます。

毎月の月謝を払っているのだから、それ以上の出費は無用だし、意味がない、というお気持ちなのでしょうか。

 

しかし、よく考えると、茶の湯は人と人とのコミュニケーションを前提として成立している文化です。

対人関係をすべてそのように合理性や効率第一で割り切ることは、はたして可能なのでしょうか。至らない自身の稽古に根気よく対応してくださっている先生は、はたして「月謝に見合う」というだけの関係なのでしょうか。

すべてそうした感情で割り切ってのお付き合いばかりでは、豊かな人間関係は広がっていかないはずです。そのために家族であっても相手への「思い」を形にして届けるために「贈り物」の習慣があるわけでしょう。

日ごろの先生への「感謝」はお月謝だけではなく、やはり季節のご挨拶は必要なのではないでしょうか。

 

このように「季節のご挨拶」は、もともとは「物」に「心」を託して表現したわけですが、次第にそれが金銭に代わられてきたわけで、そのことはのし袋に「〜料」と書くことからもわかると思います。

ですから、たとえ品物であっても、自身の「思い」が明確に先方に伝わる心入れのある品物ならば良いのではないでしょうか。

 

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執筆者プロフィール

石塚 修

いしづか おさむ|1961年 栃木県生まれ。1985年 筑波大学大学院修了。現在、筑波大学人文社会系教授 博士(学術)。専門は茶の湯を中心とした食文化と日本文学との影響関係。著書『茶人のたしなみ 和歌俳句に学ぶ』(淡交社)『茶の湯ブンガク講座』(淡交社 )『西鶴の文芸と茶の湯』(思文閣出版 )『納豆のはなし-文豪が愛した納豆と日本人のくらし』(大修館書店 )ほか。第25回茶道文化学術奨励賞などを受賞。今日庵茶道教授(茶名 宗修)。裏千家淡交会巡回講師。

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