近代の数寄者が集った茶の湯の舞台


大正・昭和にかけて横浜で活躍した実業家であり茶人の原三溪氏が、多くの歴史的な建造物を移築し、自然の地形を活かして開いた広大な庭園。三溪氏はここに鶴翔閣を建て住まいとし、下村観山、安田靫彦らを後援しました。国指定重要文化財10棟、横浜市指定有形文化財3棟を含めた合計17棟の歴史的建造物が、四季折々の風情を伝える日本庭園に調和して佇みます。正門を入って右手の内苑には、隠居所・白雲邸の奥に紀州徳川家別荘といわれる臨春閣、伏見城の遺構・月華殿などのほか、4つの茶室を擁します。「春草廬(しゅんそうろ)」は月華殿とともに宇治の茶商・上林家が拝領したものと伝えられ、織田有楽斎好み。三畳台目に9つの窓がついていることから九窓亭(くそうてい)と呼ばれていました。「聴秋閣(ちょうしゅうかく)」は将軍家光が二条城内に建て、のちに春日局が賜ったと伝わる二階建ての楼閣。「蓮華院」は二畳中板の本席と六畳、土間からなる三溪氏作の茶室です。月華殿に付属する「金毛窟(きんもうくつ)」は、三溪氏が1918年に大徳寺山門金毛閣の古材を床柱にして建てた一畳台目の茶室。さらに大規模な日本間や広大な前庭を有する「鶴翔閣」は、茶会をはじめさまざまな文化活動、会合などに利用されています。このほか外苑にも、「林洞庵」「横笛庵」というふたつの茶室があります。

