
稽古茶事で初めて亭主の大役を務めたのは二年前の四月、偶然にも自分の五十歳の誕生日当日だった。
稽古茶事とは、炭手前から懐石料理、濃茶、薄茶と茶事を一連で行う特別なお稽古。先生は毎年開催してくださり、クラスの皆が数年ですべての役を体験できるよう順番に担当する仕組み。その最後が亭主だ。私はコロナ禍を挟み、入門八年目でついに正午の茶事の亭主のお役をいただいた。
二カ月程前に決まってからは緊張が止まらない。様々なお役を体験したからこそ、亭主がしっかりせねば客は楽しめず、水屋も戸惑うと知っていた。ノートを何度も読み返し、電車では「粗飯(そはん)を」となどぶつぶつ呟き、手捌きを〝エア亭主”しながら体に入れる。生放送番組の準備と同じだ。
いよいよ本番。一番の緊張は、亭主と客が交互に盃を酌み交わす「千鳥の盃」。千鳥足のように盃が行ったり来たりするのが名の由来で、細かな流れがとにかくややこしい。案の定、せっかく一生懸命覚えたのに、本番は焦って頭が真っ白になってしまった。とその時、茶室の外で風が吹く。木の葉がサワサワと。春だ。ふと「今、此処(ここ)」に引き戻される。客と私と釜の音、襖を挟んで見守ってくださる先生、奥様。皆さんとひと時ご一緒できる感謝に満たされ、心穏やかに。
三時間の最後、終礼が終わると、どっと解放感。大好きなことに没頭できる喜びは幸せそのもの。どんな盛大なパーティにも勝る、五十歳の節目の日だった。
イラスト:筒井早良
※この記事は『なごみ』2025年4月号から転載しました。
