“ 高麗茶碗の王様 ”
井戸茶碗
モデル:小井戸茶碗 銘「小鳴戸(こなると)」
先生 今回は井戸茶碗です。まあ、あれこれ説明する前に手に取ってみましょう。井戸のなかでも小ぶりな小井戸茶碗を用意しました。
生徒M おお……見た目からざらっとした粗い土の感じを想像していたのですが、やわらかな触り心地で想像よりも軽いです。
先生 うんうん。茶碗についての知識がなくても素直な感想でいいんです。良い茶碗は見た目より軽いことが多いかもしれません。この茶碗は見込みの底がずいぶん深いでしょう?
生徒M 見込みを深く削っている分、軽いんですね。
先生 見込みの深さのほかに、井戸茶碗には枇杷(びわ)色である、ろくろ目がある、竹節高台(たけのふしこうだい)、兜巾(ときん)がある、梅花皮(かいらぎ)が出ているという特徴があります。

生徒M そんなに約束事があるんですか!?
先生 約束事というより、あくまでも見どころですね。この小井戸は、梅花皮はおとなしいけど、竹節高台や渦状のヘラ目が特徴的。井戸はその大きさから大井戸や小井戸、色味から青井戸という分類はあるものの、一つとして同じ作行(さくゆ)き(出来栄え)のものはないんです。
生徒M その茶碗の見どころとなる個性を見つけて、拝見することが大切、ということですね。

先生 それでは井戸の歴史を簡単に見ていきましょうか。井戸は高麗茶碗の一種、十六世紀頃に朝鮮半島で焼かれたものですが、もとは日用雑器や祭器としてつくられたといわれています。だから抹茶を飲むための茶碗じゃなかった。いわゆる「見立て」ですね。
生徒M えっ! じゃあこれにご飯をよそっていたかもしれないんですね……。
先生 そうかもしれない。お茶の世界で今こんなにも重宝されているなんて、井戸茶碗自身もこそばゆいと思ってるんじゃないかな?(笑) でも井戸は周りの期待に応えるだけの懐の深さがあったんです。
生徒M 例えばどんなところでしょうか?
先生:この茶碗の口にはニュウ(ひび)がいくつも入っています。でも全然気にならないでしょう? むしろ風格が増して見える。
生徒M たしかに、かっこいいとさえ思えてきた。

先生 井戸は無作為なのが最大の魅力だと思います。狙いがないからこそ、わびの精神や美意識にかなう。我々の感性を試されているようにも感じてしまいますね。
生徒M 人によって感じ方が違う茶碗なんですね。
先生:本当の井戸のような見込みの深さと、無作為であるが故の懐の深さ。井戸茶碗が高麗茶碗の王様といわれる所以です。
イラスト:田渕正敏