四代諏訪蘇山 伝統を練り、未来を焼く

青磁は、偶然に生まれる色ではない。土と釉薬を設計し、窯の中の酸素を制御し、火と向き合いながら導き出す色である。100年以上前、明治期に確立された諏訪家の青磁。その設計思想を受け継ぐ四代諏訪蘇山は、「守ること」と「更新すること」にどのように向き合っているのか。継承とは、過去を再現することではない。それは今を設計することである。

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1触れない世界から、手触りの世界へ

京都・五条坂。清水焼の歴史が重なるこの地で、黄味がかった磁土が轆轤の上に立ち上がる。まるで生きているかのように、指先の圧がわずかに変わるだけで、口縁の厚みが変わる。青磁は偶然に委ねる焼き物ではない。設計し、管理し、火と向き合い、色を「作る」焼き物である。その設計の側に立つのが、四代諏訪蘇山である。 四代は千家十職の塗師・中村宗哲家の三女として育った。母は十二代宗哲、父は三代諏訪蘇山。家には常に茶道具があり、歴代の品が鑑定に戻ることもあった。どこで使われ、誰の手を経たかが語られ、季節によって茶碗を替えて抹茶を点てる時間が日常にあった。

 

「今思えば、作った後どうなるかを見せてもらえたのは大きいですね。道具は作りっぱなしではないですから」

器は焼き上がって終わらない。その先の未来(とき)までを含めて道具なのだという感覚が幼い頃から身についていた。高校では上の姉たちと同じように漆を学んだ。その高校時代、父が脳梗塞を患う。離れて暮らしていたが、弟子に支えられながら制作を続ける姿を見た。短大ではコンピューターグラフィックスを専攻する。CGが注目され始めた時代だった。数字を打ち込み、光源を設定し、レイトレーシングで計算する。卒業制作ではCGで漆の屏風を制作した。とても楽しく充実した学生生活だった。

「でも、触れられないんですよね」

作品は画面の中では完成している。しかし身体に残る手応えがない。家族は皆、手を動かしてモノを作っていた。その距離感が少し寂しく感じた。

短大卒業後は中村家の仕事を手伝う生活に入る。事務や展覧会の準備や搬入出、会場での接客。作品が世に出ていく現場に一歩離れた立場で身を置いた。その延長で、ふと思った。

「ある時、陶芸やってみようかなって」

別に継ぐという意識ではない。ただ、やってみようという感覚だった。京都府立陶工高等技術専門校、通称「訓練校」へ進学する。在学中、母の展覧会に「作品を出してみなさい」と言われ自作を出品する。まだ一年半ほどの頃だった。

「値段も安かったし何が良かったのか分からないんですけど、よく売れたんです」

まだ青磁ではなく陶器の作品を手掛けていた。制作が日常になった。学生時代から三代蘇山の工房を手伝い、青磁の現場に立つ時間が増えていった。

 

2|継ぐ覚悟は、あとから来る

やがて父の弟子が辞め、工房は父と二人になる。

「父の作品を私が作るみたいなことになってしまって」

三代の青磁を再現する日々だった。色の深さ、釉の溜まり、口縁の薄さ。ほんのわずかな差で“違う青”になる。

「こんな感じでいいですか、って相談しながら作っていました」

三代の基準を身体に入れる時間だった。卒業後、二十七歳で正式に諏訪家の仕事に入る。そして三十二歳で四代諏訪蘇山を襲名する。

「よく代を継いだ直後は周りから“大変やね”って言われたんですけど、毎日必死だったのでプレッシャーを感じる余裕もなかったです」

しかし変化はあった。

「代を継ぐことで自分のものを作れる解放感はありました」

基準を受け継いだからこそ、そこから選ぶことができる。「継承」は制約ではなく、新たな立ち位置に変わるということだった。

 

3|初代、二十年の設計

——青は偶然ではなく化学反応の結果である——

諏訪家の青磁は、中国南宋時代の砧青磁に憧れた初代(1851~1922)に始まる。

ただ真似るのではない。

日本の材料で、その青を出すことができるのかを考え試みた。釉薬中の鉄分は約1%で青く発色する。増えれば緑に傾き、それ以上になれば天目のような茶色に近づく。明治の頃、土を集めること自体が容易ではなかった時代。初代は破片を科学的に分析し、生地の中にも鉄分が含まれていることを知る。

青磁の色は釉薬だけではなく胎土の段階から設計する必要があるという発想に至る。白い土に鉄を加える。
周囲には医者や化学の知識を持つ人がいたという。
ドイツ人技術者ワグネル(1831~92)とも交流があり、近代的な知見を得ながら研究を重ねた。
還元という焼成方法で酸素を奪い、鉄を青く発色させる。その条件を整えるために、胎土や釉の調合を変え、窯と相談しながら何度も焼いた。「蘇山の青」になるまで二十年。「青磁を焼けば家が潰れる」と言われた時代、設計を繰り返し試行錯誤を積み重ねた。初代は青磁を完成させたあとも新たな作品へ向けての研究を続けていたという。青磁は到達点であると同時に出発点でもあったのだろう。

 

4|守るとは、選ぶこと

「何を守るか、何を変えるかは当代の責任です」

姉は十三代を継ぎ、家では歴代の話が日常的に語られていた。周りには代々の家職を継ぐ人たちが多く、代を継ぐことが自明のような環境だった一方で、続けることの大変さを誰もが知っていた。もちろん諏訪家も順風満帆だったわけではない。初代の後、二代は女性が継いだ。戦争で次代が亡くなり、家の継承が揺らいだ時期もある。二代の甥である父も諏訪家に入り三代目を継いだ。

「みんなそれぞれ苦労してきたと聞いています」

やめることは簡単。しかし積み重ねてきた時間を自分の代で止めることの意味もまた重い。家を継ぐということは、忠実さだけでは守れない。三代の作品を再現していた時期があったからこそ四代は言う。

「基準があるから、自由にできるのです」

守るとは固定することではない。本質を見極め選び続けること。青磁を守るのは、蘇山の青を良いと言って評価してくれる人がいるから。もし時代が変われば、別の方向に進む可能性もある。当代を担うということは過去に従うことではなく、未来を引き受けることなのだ。

 

5|青は偶然ではない

青磁は管理の焼き物である。磁土は、揉みすぎると“サクサク”になるという。だから練りの回数は決まっている。前後左右、決められた回数を数えながら最後は手の感触で判断する。施釉も同じ。厚すぎれば釉溜りが生まれ、薄すぎれば青が立たない。形状の窪み部分には筆で水を塗り、釉薬の厚さを調整する。そんなわずかな差で発色は変わる。還元も繊細である。作品を焼くのは電気窯。そこに竈門(かまど)が付属する。ここで薪で火を起こし、その炎を電気窯に還流させることで酸素を無くし還元焼成を引き起こす。薪が湿っていれば還元がかからず、黄色に傾く。一窯すべてが思い描いた色にならないこともあった。

「ちゃんと焼けなあかん」

その言葉の裏には、失敗の積み重ねがある。青磁は偶然を楽しむ焼き物ではない。狙った青を出すために、工程を管理し続ける焼き物である。設計思想は、技術の裏付けがあってこそ成立する。

 

6|青磁の中で、どこまで広げるか

三代の頃から練り込み技法はあった。 四代はそこに明確なテーマを与える。宇宙を題材にした展覧会では、オリオン大星雲をイメージした作品を制作した。青磁の澄んだ地の中に、わずかに走るピンクの光。ハッブル宇宙望遠鏡の映像に映る星雲の色を、青磁の構造の中で再構成する試みだった。

「あ、これ使えるかな」

白い磁土に少量の顔料を混ぜる。その色土の割合を探り焼いてみる。程良い景色になるかどうか。その境界を探る作業だった。

「抹茶茶碗にピンク色ってどうなんかな、と思っていましたけど、想像以上に人気があって」さらに『枕草子』を題材にしたシリーズでは、《春はあけぼの》の色味を表現した。白・青・藍・薄紅・黄の胎土を重ね、夜明け前の空が次第に白んでいく気配を表現する。練り込みは装飾ではない。青磁の胎土設計を理解しているからこそ可能な拡張である。青磁を焼く家として、青磁の可能性をどこまで広げられるか。それは更新であり逸脱ではない。

 

7|器は使われて完成する

——茶道具とは——

「使われて、初めて完成するものやと思います」

茶室で手に取られ、湯を受け、差し込む光の中に置かれてはじめてその真価を発揮する。“負けないもの”を作るのではない。“恥ずかしくないもの”を作る。名物の隣に置かれるかもしれない。取り合わせの中で主張しすぎず、埋もれすぎず、場に調和する。そんな道具を目指していく。

諏訪家の青磁は、設計された色である。

胎土に加える素材の判断。

どこまで捏ねるかの判断。

還元の加減を見極める判断。

何を守り、何を変えるかという判断。

その判断の選択一つ一つが次の百年を決める。初代からの伝統を練り、未来を焼く。 青は今日も窯の中で静かに育ち、やがて誰かの手の中で時間を受け取る。 四代諏訪蘇山の仕事は、 過去を再現することではない。 未来に使われる器を、“いま設計する”ことである。

 

諏訪蘇山

すわそざん|陶芸家。父・三代諏訪蘇山と十二代中村宗哲の三女として生まれる。姉は十三代宗哲。京都市立銅駝美術工芸高等学校漆芸科卒業後、成安女子短期大学グラフィックデザインコース映像専攻卒業、同専攻科修了、京都府立陶工技術専門校成形科・研究科、京都市伝統産業技術者研修陶磁器コース本科を修了。平成9年より父とともに制作活動を行い、同14年に四代蘇山を襲名。各地で個展を開催し、作品発表を行う。宇宙や天空の景色をイメージさせる練込青磁や、女性らしい意匠や柔らかな造形で温かみのある作品を制作する。

 

撮影:酒井元也

 

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